ある晴れた日、私は家で静かな午後を過ごしていました。突然、玄関のチャイムが鳴り響きました。ドアを開けると、目の前に立っていたのは七歳の孫、紡(つむぎ)でした。手に抱えているのは、鮮やかな色の着物。無邪気な笑顔を見せる彼女に、私は驚きました。「紡、どうしたの?こんな朝早くに。」
紡は目を輝かせながら、「七五三に行きたいから着せてほしい」と言いました。私は少し戸惑いながらも、「パパとママは?」と尋ねると、紡は無邪気にこう答えました。「妹の七五三で神社に行ったよ。」
その言葉に私は思わず愕然としました。だって、紡自身も七五三を迎えるはずなのに、なぜ一人だけ家に残され、着物を着ることを望んでいるのでしょうか。しかも、息子夫婦は妹の七五三を祝うために神社に行っているというのです。それを聞いた私は、胸の奥が締め付けられる思いでした。
私は紡をそっと抱きし、家に招き入れると、しばらくしてから事の真相が明らかになりました。
息子の直哉(なおや)は結婚して名古屋で家族を持っているのですが、彼と妻の愛梨(あいり)は、私と十分な関わりを持とうとはしません。時々会うことはあっても、どこか冷たく、家族としての絆を感じられないことが多かったのです。
紡と歌(うた)の二人は、私にとってとても愛おしい存在ですが、どうしても感じてしまう違和感がありました。紡の服はいつも妙に汚れていたり、サイズが合っていなかったりするのに対し、歌はいつもフリルやリボンがついた可愛らしい服を着て、整った姿で私の前に現れていました。最初は気のせいかと思っていましたが、こうした違いがいつも目につくようになり、私はついに息子にそれとなく問いかけました。
「紡、最近ちょっと服が古くなってるように見えるんだけど…何か問題があるの?」
息子は少し不機嫌そうに、「成長が早いから、どうせすぐに着られなくなるし、そんなに気にしなくてもいいだろ」と言いました。その後、嫁の愛梨も、私が気にするのを嫌がり、冷たく言い放ちました。
「うちのことに口を出さないでくれ。」
それを聞いた私は、もうこれ以上は言うまいと思いましたが、心の中で紡のことが気になり続けていました。
ある日、紡が私の家に遊びに来た際、私の目に留まったのは、私の娘、愛梨が着た七五三の着物でした。その美しい色合いの着物を見た紡の目が一瞬で輝きました。「これ、七五三の着物だね!」彼女は興奮して言いました。私がその着物を手に取り、「これは愛梨が七歳の時に着たものだよ」と説明すると、紡は「すごくきれい!」と喜びました。
その瞬間、私の胸が締め付けられる思いがしました。息子夫婦は七五三に無関心で、紡の気持ちを全く考慮していないのではないかという思いが胸をよぎったのです。私は考えた末、愛梨の着物を紡に譲ることに決めました。写真だけでも撮って、記念にしようと提案すると、紡は喜びの声をあげ、何度も着物をなでました。
ところが、息子の嫁である真名美(まなみ)の反応は予想外のものでした。
「そんなものを着せるなんて可哀そうだよ!」と強く反対してきたのです。普段、紡にはいつも古びた服を着せている彼女が、どうして急にそんなことを言うのか理解できませんでした。私はその場で少し戸惑いましたが、息子は無関心そうに「母さんが写真代を払ってくれるなら、着せてもいいんじゃない?」と言い、嫁は渋々承諾しました。
その後、紡が嬉しそうに着物を着ている姿を見て、私は心の中で何とも言えない気持ちになりました。しかし、数日後、事態は予想外の展開を迎えました。ある朝、紡がまた私の家に現れ、「七五三に行きたいから着せてほしい」と言ってきたのです。驚いた私は、パパとママはどうしたのか尋ねましたが、紡は「妹の七五三で神社に行ったよ」と答えました。
その時、私は心底驚愕し、紡が一人で家に留守番をさせられていたことに気付きました。彼女は家族から置き去りにされ、七五三を迎えるために必死に着物を着ようとしていたのです。
私はすぐに紡を抱きしめ、着物を着せる手伝いをしましたが、その胸の奥に湧き上がる怒りと悲しみをどうしようもなく感じました。
その後、私は紡のために何とかできることをしようと思い立ち、彼女名義で新しい口座を開設し、毎月5万円を入金することにしました。息子夫婦が七五三やお祝い事に関心を持たない中、私は紡の成長を祝うために、このお金を使うつもりでした。
数週間後、私は紡と歌を連れて、実家に遊びに行きました。帰り際、私は何気なく息子夫婦の家を訪れると、驚くべきことを発見しました。息子の家のテーブルの上には、請求書やクレジットカードの明細書が散乱しており、そこには紡の名義で不正に引き出されたお金が記録されていました。
私はそのお金がどこに使われたのかを調べ、ショックな事実が浮かび上がりました。高級ブランドのスーツやエステ代、家族旅行の費用が記載されており、子供たちの祝い事に使われたお金はほとんどありませんでした。
さらに、紡には何も与えられなかったことが分かりました。怒りが湧き上がった私は、すぐに息子夫婦に対して立ち向かう決意を固めました。
そして、七五三の当日、私は息子夫婦に対して厳しい言葉を投げかけました。「これ以上、紡を傷つけないでください。あなたたちの贅沢や娯楽に使ったお金を返しなさい」と。その後、事態は急速に進展し、息子夫婦は正式に罪に問われ、警察に事情を聴かれることとなりました。
一方、紡と歌は私の元で幸せに過ごし、紡はすっかり明るく元気な女の子になりました。私は、この子たちを守る覚悟を決めて、これからも支え続けることを誓いました。
孫たちの七五三の写真は、今も私のリビングに飾られ、家族の愛を象徴しています。
記事はまだ終了していません。次のページをクリックしてください
次のページ引用元:https://www.youtube.com/watch?v=YYcVczJ-mJQ,記事の削除・修正依頼などのご相談は、下記のメールアドレスまでお気軽にお問い合わせください。[email protected]